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挑発を注意することの困難

先輩の言うことは的を射ていた。

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-4a0c.html

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-d89d.html

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-a2e6.html

断っておきますが、私は彼女のことなどこれっぽちも考えていなかった。しかし、彼女を思いやっているように周りに見せようとはしていました(まぁ、尻尾は出てしましいますが)。そんなおそまつな色恋沙汰です。

ある過去の掲示板議論で、女性がセクハラを利用して男性を陥れるためには、男性がセクハラの挑発にほいほい乗っかるという構図が前提になり、仮に挑発されたなら男性は女性に注意すれば足り、セクハラをしたのならその責任はまぬかれないとの主張をした人がいました。

それに対して、セクハラ概念がこのまま広がってしまえば男性が挑発を注意できなくなるような女性との信頼感を欠く関係が一般化するという意見が別の人から出されました。その人はフェミニストの権力化という問題を提起したのでした。

http://www.azaq-net.com:8080/tani6010/299.html

実際、私は女性の挑発的な服装への文句を目上の人に言ったのです。そうしたらその男性は「そんなことを当人が聞いたらどう思うか。服装は彼女の自由だ」と答えたのです。注意するのは女性と同程度かちょっと上の権力しかない男性には困難という実例です。

私は、彼女の容姿・年齢・学歴・考え方に惚れ込みながらも、どこかで、彼女へのそうした愛を貫くぶれない芯がなかったんですね。だから、マタニティードレスみたいで薄いすけすけの開放的で挑発的な格好をしてきたことについては、その場の気分や立場で文句を言ってしまったのです。

もともとその女性は私をセクハラで会社に告発する気などなかったというのは、彼女の周囲の人間の「相手が嫌じゃなければセクハラじゃない」という発言から察することができます。

しかし、それではセクハラではなく、セックススキャンダルという性的規範の文脈で、彼女は何度も私を挑発しようとしたのではないか。なぜなら、彼女は私がいる横を仕事にかこつけて、何度か挑発的な服装で通り過ぎていったことがありますから。

先輩は私の行為がセクハラと言えないことを理解したうえで、セックススキャンダルだと言ったのだと思いますが、スキャンダルを利用してちゃっかり自分が得になるように立ちまわったり、他者を陥れるってどうよ。それも立場上注意できないことまでに乗っかって。

構造は同じなんだな。セクハラとセックススキャンダル。そして、それは男がどうあるべきか、女がどうあるべきか、その関係がどうあるべきかという規範だという点で一緒なんです。ジェンダー擁護とかそういう立場は関係がない。それが不当な被害を与えているとき私は抗議します。

セクハラ概念への疑問点については次のエントリーで。

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