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2010年5月

もし「不快です」と言ったら

会社が隠蔽しようとして「平気です」と言わせたのだ、という疑問が残るかもしれないけれど、その証拠は?

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-d89d.html

私だったら会社に「非常に不快です」と言ってしまうでしょう。しかし、その後で悔やむでしょう。なぜなら会社を相手にすることはとても怖いことだから。どんな嫌がらせが待っているか、いつも警戒していなければならない。仕事どころではならなくなります。彼女には分かっていたんですね。

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セクハラしたって

みんな言いたいんでしょ。でもね、セクハラとは言えない。

だってね、「嫌だ」とか「不快だ」と言われたとは言えないんですよ。

普通に考えてって思っているかもしれないけど、普通って何なの?

いやね、その女性が怖がってたり、引っ込み思案すぎたりして、

「嫌だ」って言えなかったかもしれない。でも、何でそうだったと言えるのですか?

セクハラ概念の限界っていえるのかな。

「嫌だ」とか表明すること自体が抵抗感のあることとなる。

というか、実質セクハラって何よ?

相手が少なくとも「嫌だ」「不快だ」と感じることでしょ。

それは見ている人が、判断することになる。

された人ではない。

ここに名目のセクハラ概念との大きなかい離が生じることになる。

論理は形式的なものです。実体的なものとはかい離が生じることになります。

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先輩に白状したら

世話になった先輩(前書いていた人とは別の先輩)に「セクハラしたんです」と言ったら、「これからがんばることを考えるんだ」と励まされました。うん、その言葉ありがたく頂戴いたします。

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挑発を注意することの困難

先輩の言うことは的を射ていた。

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-4a0c.html

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-d89d.html

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-a2e6.html

断っておきますが、私は彼女のことなどこれっぽちも考えていなかった。しかし、彼女を思いやっているように周りに見せようとはしていました(まぁ、尻尾は出てしましいますが)。そんなおそまつな色恋沙汰です。

ある過去の掲示板議論で、女性がセクハラを利用して男性を陥れるためには、男性がセクハラの挑発にほいほい乗っかるという構図が前提になり、仮に挑発されたなら男性は女性に注意すれば足り、セクハラをしたのならその責任はまぬかれないとの主張をした人がいました。

それに対して、セクハラ概念がこのまま広がってしまえば男性が挑発を注意できなくなるような女性との信頼感を欠く関係が一般化するという意見が別の人から出されました。その人はフェミニストの権力化という問題を提起したのでした。

http://www.azaq-net.com:8080/tani6010/299.html

実際、私は女性の挑発的な服装への文句を目上の人に言ったのです。そうしたらその男性は「そんなことを当人が聞いたらどう思うか。服装は彼女の自由だ」と答えたのです。注意するのは女性と同程度かちょっと上の権力しかない男性には困難という実例です。

私は、彼女の容姿・年齢・学歴・考え方に惚れ込みながらも、どこかで、彼女へのそうした愛を貫くぶれない芯がなかったんですね。だから、マタニティードレスみたいで薄いすけすけの開放的で挑発的な格好をしてきたことについては、その場の気分や立場で文句を言ってしまったのです。

もともとその女性は私をセクハラで会社に告発する気などなかったというのは、彼女の周囲の人間の「相手が嫌じゃなければセクハラじゃない」という発言から察することができます。

しかし、それではセクハラではなく、セックススキャンダルという性的規範の文脈で、彼女は何度も私を挑発しようとしたのではないか。なぜなら、彼女は私がいる横を仕事にかこつけて、何度か挑発的な服装で通り過ぎていったことがありますから。

先輩は私の行為がセクハラと言えないことを理解したうえで、セックススキャンダルだと言ったのだと思いますが、スキャンダルを利用してちゃっかり自分が得になるように立ちまわったり、他者を陥れるってどうよ。それも立場上注意できないことまでに乗っかって。

構造は同じなんだな。セクハラとセックススキャンダル。そして、それは男がどうあるべきか、女がどうあるべきか、その関係がどうあるべきかという規範だという点で一緒なんです。ジェンダー擁護とかそういう立場は関係がない。それが不当な被害を与えているとき私は抗議します。

セクハラ概念への疑問点については次のエントリーで。

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笑ったらいいのか、泣いたらいいのか

会社が隠蔽しようとして「平気です」と言わせたのだ、という疑問が残るかもしれないけれど、その証拠は?

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-d89d.html

なぜ、電話をかけて「こういうことされて嫌じゃないのか」と聞いたとき、女性社員はそれに答えず、いつどこで彼女と会えるか、それも会社の衆人環視になる時間と場所を答えたのか?

私で遊んだのですね。

相手が一枚上手。いい年こいて醜態さらした。

上のエントリーの先輩の言うことは的を射ていた。

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暴力的なセクハラ研修

http://zanbajiru.cocolog-nifty.com/blogtytle/2010/05/post-a2e6.html

しかし、遠まわしに同じ職場の先輩からは、法律を犯していないといって威張れるものではないということは言われた。セックススキャンダルを起こした人間は、段々と影響力を失っていくと、ほのめかされた。

というか…ですね。セクハラが何であるか、研修なり何なりキチンと定義付けして教えるということがないので、こういうことで私が悩むことになったのですよ。

こういうことはセクハラには当たりませんと、セクハラの3要素(つまり「職場の権力関係を利用した」「性的である」「やられた側が不快と感じる」言動)だときちんと伝えるのをすっとばして「環境型」だの「対価型」だのという分類を定義だとして教えるような研修は、言葉の本来の意味を顧みないディスコミュニケーションでしかないんだな。

そんな発信側、受信側が「セクハラ撲滅」を当然の前提に置いて反対者をあらかじめ封じ込めておいて、「セクハラとは何か」を落ち着いて考えさせるような雰囲気を作らず、いかにも悪そうなことを例示した上でそれを分類することをもって「定義付け」をしているように見せる。まるで「セクハラだから悪なのだ」(ほんどうは個々の行いが不道徳であるのでそれをセクハラという)というような発想を無批判に広めるような、集団教育をやっているわけですよ。その帰結が冒頭のような先輩の言葉なのでしょう。

あのですね。本人が「不快だ」と言っているのですか。その証明がないのに、「威張れるものではない」「セックススキャンダル」と言われても、妄想にもとづいてつっつかれていることにしかならず、やめにしてもらいたいとしか言えない。それを遠まわしに言おうと、直接的に言おうと、暴力的なものは暴力的なものだ。ゆえに、現状のセクハラ研修などは暴力を助長していると言わざるをえません。

ってか、「セクハラの定義」として「対価型」「環境型」というのを挙げているのがうちのコンプライアンス・セクハラ研修なんですよね。それって「分類」だろ、おい。

この「セクハラ冤罪」は名目的に確認できなかった。しかし、実質的には確認できた、というのが、冒頭のポストの結論ですね。

16歳年下に声をかけようが、「不快」と思われなければ違法ではない。不道徳でもない。でね、会社が隠蔽しようとして「平気です」と言わせたのだ、という疑問が残るかもしれないけれど、その証拠は? 私は自分が暴力の被害に遭った証拠を冒頭に掲げた。ほんと、人の労働意欲に水をかけるのには最高の言葉だ。

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セクハラ冤罪の非確認

ということで、私が書かねばならないことは事実のみ。

40を過ぎた私は、16歳年下の女性社員に対し、腕を触り、電話を1カ月に十数回かけ、「君に子供がいるなら、一緒に育てよう」と言った。

しかし、会社はセクハラをしたので謝りたい、退職したいという私に対し、「本人が平気だと言った」ということを理由に、それをすべきではないということを、部長を通じて伝えた。「君がしなければいけないことは(触ったり電話したりといった)そういうことをしないことだ」ということを伝えた。

セクハラ認定はされているとはいえない、というのが現在の私の置かれている状況。しかし、遠まわしに同じ職場の先輩からは、法律を犯していないといって威張れるものではないということは言われた。セックススキャンダルを起こした人間は、段々と影響力を失っていくと、ほのめかされた。

「君にもやましいことはなかったわけではないのだろう」というのが、その先輩からの言葉でかなり印象に残っている言葉。しかしその先輩は「君をいじめようとしている人間も、君を辞めさせようとしているわけではない」と言った。「今後、会社でいいことなんてないと考えたほうがいい」というアドバイスももらいました。

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セクハラ(回答不能だったやりとりの記録)

バジル二世

男性上司が年の離れた女性部下に恋をし、電話やメールでアプローチするも、相手からはそれがセクハラだと責任を問われ、上司が自ら命を絶ってしまったケースが実際にあった。たとえ、常識の範囲で、異性としてのアプローチを行ったとしても、上司と部下という立場関係に加えて、部下からの訴えがあれば、法的責任を問われる可能性があるのだ。(プレジデント…確か)

Josef 

ないでしょう。常識の範囲内なら。常識の範囲でないことが、あまりにも多すぎるるのですね。(記憶)

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